2016.01.12 小野 鎭
一期一会地球旅90 「旅行業専門学校にて その2」

一期一会 地球旅 90

旅行業専門学校にて その2

旅行業専門学校で学科開設への準備と学科長含みという職務を果たせるのかどうか甚だ心もとなかったが、思い切ってやってみようと、これをお引き受けした。2004年6月から週に3日出勤、当面の役割は、専門学校講師としての業務内容を知ること、学科開設への諸準備に取り組むことであった。そして、大きな役割の一つとして、現在進められているテキスト「観光バリアフリー基礎」を完成させ、並行して「バリア
フリー旅行術」を作ることであった。前者は、現任講師や教務部職員が執筆し、JTMバリアフリー研究所の草薙氏が監修するという方法が採られていた。後者は、これから内容を組み立てなければならない、つまり一からの出発であり、主たる業務を受け持つことになった。授業計画の立案がもう一つの大役であり、コマ数と単位数、必須と選択の科目などわからないことばかりであった。学生募集のための案内は、ホームページと分厚いパンフレットが主であり、これ等はいずれも専門部署が担当しており、そのための材料提供が専らの役割であった。 バリアフリー旅行の組立とそれに関わる人材の養成といっても基本的には目新しいものは無いといってもいいが、交通や宿泊機関と観光施設などハード面を整えること、一方でそれらの情報を集め、お客様のニーズに応えること、お客様を案内し介助すること、それらを総体的に組み立てること、すなわち、ソフト面を充実させることが要である、と理解していた。これまでの旅行業で経験し、学んできたことが基本にあり、障がいのある人や弱った高齢のお客様への配慮について言えば、福祉や医療関係団体、とりわけ、ゆきわりそうグループでの重度障害のある人たちとそのご家族の旅行をたびたび企画し、手配、現地への案内をしてきた経験が役立った。もっと優しい旅への勉強会の会員が様々な分野で活躍しており、その伝手を頼ることができたのも大変ありがたかった。このような支援も得て、「旅行と福祉」を建前として専門学校で旅行業について学び必要な資格を取得すると共に、加齢や障害ということを学んでホームへルパーの資格取得をして障がい者やお年寄りの介助をすることを目指しながら旅行業に就くことを目指す学科としたいと考えた。 こうして準備を進めながら、その年の後期9月後半からトラベル学科学生の選択科目として「観光バリアフリー基礎」を受け持つことになった。授業の多くは、一般的には教室での座学であるが、このクラスでは、14~5回のうち半分くらいをそれにあてた。具体的な説明としては、目下作成中のテキストの
コピーや障害者白書、新聞記事などを複写して障害とは? 加齢現象とは? そして、求められるのは? などと入っていった。一方では、車いすの押し方、路線バスに車いすの人が乗るときは? 駅での電車の乗降は? 視覚障害のある方の誘導、シティホテルのアクセシブルルーム、空港の旅客サービスなど様々な見学や体験をすることなど実学から学ばせることに重点を置いた。学生たちが現住地の自治体などで発行しているバリアフリーマップを入手して町の様子が変わって来ていることを自ら学ぶことを意識させた。多目的トイレも次第に普及し始めていたが、学校では、ユニバーサルツーリズム学科(以下UT学科)開設へ向けて、学内にも一か所設置されることになっていた。授業は、90分間であったが、その準備と自分としての予習のためにはその何倍もの時間がかかったことを覚えている。授業そのものを受け持つこと自体初めての経験であったが、団体旅行での説明会や多くの視察旅行で見学したり、通訳をした経験などがずいぶん役に立ったと思う。この学生たちは、通常の旅行会社や鉄道会社などに就職が内定していたが、彼らの授業選択の理由は、高齢のお客様や障がいのある乗客などへも配慮ができるようになりたいから、ということであった。彼らは、翌年3月に卒業し、実社会へ飛び出していった。 UT学科の開設を広めるためのキャンペーンの一環としてこの年10月に学科説明会が開かれた。この学科に興味のある高校生や社会人、そしてマスコミなどからの参加があった。その中で、最前列に座っていた中年の女性が熱心に聴いている姿がとても印象的であった。
自分の子どもを入学させたいと願っての参加であろうと筆者は思っていた。この会では、これからの超高齢社会といわれる時代の旅行のマーケットやそこで求められる人材、そしてユニバーサルツーリズムとは、と説明し、旅行と福祉を学ぶ意義、通常の旅程管理主任者や旅行業務取扱管理者などの資格のほかに、ホームへルパー2級課程を修了することなども含まれることを強調した。旅行添乗中にお客様の介助をしながら、ということは実際にはむつかしいが、障がいのある人や弱った高齢のお客様の旅行計画や手配で必要な知識を学んでほしい、というのが趣旨であった。また、将来的には、旅行の案内をしながら一方では介助もできるような技術をさらに習得していって欲しい、ということも含めた。一通りの説明が終わったあと、件の女性から、「自分は、53歳であるが、入学に年齢制限はありますか?」という質問があった。ここは専門学校であり、学科の目的に沿って学びたい、ということと高校卒業以上であれば、年齢や性別は問わないと答えた。 冬の間は、もっぱら「バリアフリー旅行術」のテキスト作りに没頭した。「基礎」は、主として駿台の教員や教務部職員が執筆したが、旅行術は旅行業の経験のあるS氏と筆者がかなりの部分を担当した。旅行業と障害者施設で経験したことがずいぶん役立った。様々な準備が進められていく一方で、高校生を主とした入学希望者の案内も大切な業務であり、一般的な案内は教務部が担当し、学科や授業計画、バリアフリー旅行など専門分野については勿論自分の役割であった。見学者は、いくつかの学校を見学して比較しながら自分たちの希望と学校での対応が期待通りであるのか、就職内定先がどこであるのかはもっとも関心の高いところであった。実際の入学申込者数は大変気になったが大きくは伸びなかった。それでも、生え抜きの学生、晴れて17UT(平成17年度UT学科)として女性ばかり4人の入学があった。この中には、前年の学科説明会で熱心に聴いていた廣中美子学生の顔もあった。加えて、一般の基礎学科を除いた「基礎」と「旅行術」に絞った専科生も一人あった。病院勤務の専門看護師であり、将来的にはトラベルナースとして団体旅行などに同行して旅行中にも看護サービスを必要とするお客様などのお世話をしたいとの希望を抱いていた。 晴れて入学式が終わり、学生も初めての顔合わせ、そしてクラス担任&学科長としての自分も初めての経験、ということでほとんどすべてがお互いに新人同士であった。これに比べてトラベル学科は教室いっぱいの人数であり、経験豊富なトラベル学科長が見事に学生を受け入れている様子がまぶしかった。UT学科は、こじんまりしており、学生たちはすぐに打ち解けていった。学校経営という観点からでは、一つの学科を運営していく以上、この人数ではむつかしいことは歴然としていたが、そのことは抜きにしてこの学生たちを彼らの期待通り指導し、送り出すことが絶対的な使命であった。自分の大学時代は二部(夜間)であり、同期入学は7名であった。学生は、それぞれが昼間は仕事を持っており、専門の地理学科においては、教授や講師など教員側は9名で担当してもらえるという状態であったのでそのことを思い出した。学生側から見れば、クラス担任は自分たちの3倍の年齢であり、煙たかったかとは思うが、私は、少数精鋭!として育てていこうと心に誓った。   (資料 上から順に) 「観光バリアフリー基礎」 (駿台トラベル&ホテル専門学校 2004年2月発行) バリアフリーマップ(板橋区の例) ユニバーサルツーリズム学科紹介 新聞記事(サンケイ ビジネスアイ 2005年5月29日)  

(2016/1/10)

小 野  鎭