2016.06.07 小野 鎭
一期一会地球旅111「いやしの旅 (その4)」

一期一会 地球旅 111

いやしの旅 (その4)

 ザルツブルクは一泊だけであったが、世界的に有名なザルツブルク音楽祭開催日の前夜にあたっていたためホテルの確保が難しく、手配会社(Tour Operator)はずいぶん苦労したと聞いている。幸い、シェラトンホテルが取れて幸運であった。こじんまりした高級ホテルで居心地も良く団員各位には好評で、もう一泊したいね、という声があった。母はアクセシブルルームに入り介助当番の妹は具合が良かったと喜んでいた。
ホテルの内庭はそのままミラベル宮殿の庭園につながっており、その先は宮殿のテラスになっている。 映画「Sound of Music」ではその向こうの美しい花壇と併せてパーティー後のダンスシーンとして紹介されていたところと聞いている。遠くにホーエンザルツブルク城を見上げながら進んでいくと、市街の真ん中を流れているザルツァッハ川の岸辺に出る。帝王と呼ばれた指揮者カラヤンの住んでいた屋敷もあり、その名前を彫り込んだ標識を見ることもできた。川を渡って旧市街を抜けていくと岩山をくりぬいた長い建物がある。有名な祝祭劇場であり、その日の夕方、音楽祭開始のコンサートの準備が進められていた。個人的には、この時よりも10数年前、この劇場で生の演奏会を聴いて感激したことを思い出した。 こうしてザルツブルクでの短い滞在を終えて、昼食後、
ミュンヘンへ向かった。ザルツブルクはオーストリア中部に位置しているが市街地を抜けて数分も走るとドイツとの国境。今は道路の両側にそれぞれの国の国名とEU(欧州連合)のメンバーであることを示す星がデザインされた標識が立っているのみ。「いやしの旅」の時は、一般道を通ったので当時は高速道路のサービスエリアのようなところに税関の建物があり、バスやトラックは一時停車してドライバーが事務所に所定の書類を提出することが必要であった。乗客は、バスの中で待っていたが旅券検査も国境警察が乗ってくることもなかった。ドライバーが戻ってきてそのまま発車した。島国で育った私たち日本人にとって陸続きの国境というのはなじみが薄く、多くのメンバーにとってはあっ気ないほどの国境通過であった。ミュンヘンまで距離は150㎞足らず、バスで2時間強の距離である。アウトバーンを飛ばせば、乗用車ならば1時間と少しで着く人もあるかもしれない。車窓には緑野が広がり、その向こうにはバイエルンアルプスの美しい山並みが見えていた。 ミュンヘン名所の世界一のビヤホールといわれるホーフブロイハウスについては、高校時代の同期生の旅行についての思い出の中でも書いたが、それはこの「いやしの旅」の一年後のこと。ミュンヘンはこれまでにもたびたび訪れているがそのたびにお客様をご案内して喜ばれている。下戸の自分はビヤホールに行っても小ジョッキはおろかほとんど手も足も出ないが、お客様をご案内するうえでは気分的に酔うことでお許しいただき、後は責任を持ってホテルまでお連れすることができるのでその点ではむしろ好都合かもしれない。旧市街の中ほどにあるこの大きなビヤホールは、学校の体育館ほどもありそうな大きな建物、がっしりした造りで、これまたがっしりした樫(カシ)の木のテーブルに骨太のドイツ人たちが大きなジョッキを手にもって場内はどよめくような賑わい。大声で冗談を言い合っては笑ったり、歌ったり、奥の方のステージにはドイツ人の好きな軍楽隊風のバンドが入っており、マーチ、バイエルン民謡などを奏でて、20~30分おきにドイツをたたえるメロディー、“ハイリヤホッホホ!”と繰り返して客は総立ちになってプロージット!とやって乾杯する。もしかすると、幾度も乾杯をさせるのは、ビールを消費させるための営業作戦かも? 1000人以上は入ろうかというほどの大きな店内で、一晩に飲まれるビールはどのくらいになるのだろう、など余計なことを考えてしまう。 団体客は多くの場合、2階席に案内されることが多く、
この時もそうであった。一行の中にはビールに強い人も数名はあったが、アルコールは弱い人が多かったし小学生もいた。それでもぶどうジュースやアルコール・フライ(ノンアルコール)のビールで雰囲気に浸っていただき、バイエルンの名物料理を味わっていただいた。そして、興が乗ったところで歌ったり、手拍子を打ったりして楽しんでいただいた。ほろ酔い気分で外へ出てみると夕立を思わせる強い雨! バスが停まっている大通りまで数分間歩くうちにすっかりずぶぬれになってしまったことも今となっては楽しい思い出。

翌日は、休養を兼ねて自由行動としていたが、大半のメンバーはオプショナルツアーとして、ノイシュヴァンシュテイン城とヴィース教会を見学する日帰り旅行に参加された。Ober Bayern(高地バイエルン地方)は、どこまでも緑の牧場や森、湖沼やせせらぎ、赤い瓦の屋並みが続く集落など心洗われる美しい風景が広がっている。まさに環境保全のモデルのような景観であり、途中、ロマンチック街道やドイツアルペン街道も通った。
ノイシュヴァンシュテイン城はバイエルン王国の名残り、岩山の中腹にあり、ふもとの駐車場からは馬車やシャトルバスでお城の入り口まで行くことが多い。この時は、お城に入る前にマリエン橋まで行って絶景を眺めることにした。峡谷までの坂道はかなりの傾斜、おまけに晩秋を思わせるような冷たい雨、森の中にところどころぬかるみのある道がつづき、車いすを前引き、後押し、やがて目の前に深い谷にかかる橋が現れた。橋の上から見た雨に煙るバイエルンアルプスの前にたたずむお城の優美な姿は圧巻であった。あの時、坂道を押してくださった男性各位に改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

お城の中には、エレベーターも設置されていると
聞いていたが、稼働日が限定されているのか、それとも故障中なのか、この日は利用できず、車いすの方にはここでもまた外でお待ちいただかざるを得なかった。城内への案内は、現地ガイドに任せて私はここでも車いすの人たちとお待ちすることにした。 母は少々不満であったらしい。あれから11年が
過ぎるが改めてドイツ観光局のホームページを開いてみると、Information for Visitors with Reduced Mobility 「歩行障害などのある方への案内」(www.neuschwanstein.de)(英文)として、分かり易く説明してある。今では毎日おびただしい見物客があるので、当日いきなり訪れても入場がむつかしい、あるいは長時間待たされることがあるらしい。
事前予約をするように、と書いてある。当時も丁寧な説明があったかどうかは今となっては定かではない。オプショナルツアーであったからと言ってしまえばそれまでであるが、準備が不十分であったことは否めない。城の見物を終えて、シュヴァンガウの集落まで降りてきたときはすっかり雨も上がって、次第に空が明るくなり、遥かな岩山の上にお城の優雅な姿があった。
シュヴァンガウから30分くらいであろうか、緑野の中に小さな村ヴィースがあり、小高い丘の上に、外見は質素なつくりの「ヴィースの巡礼教会」がある。木彫像「鞭うたれるキリスト」が涙を流したという奇跡が起きたということで巡礼者が続々と訪れ、18世紀の中ごろに牧草地が広がる丘に礼拝堂が建てられた。その後、より多くの巡礼者がお参りできるようにとさらに大きな聖堂の建設が始まり、建築家とフレスコ画家のツィンマーマン兄弟によって1746年から11年かけてロココ様式の巡礼教会が建設された。
建物内部の造りと装飾が調和した華麗で色彩豊かな教会である。冷たい雨中でのお城見物でかなり疲れたこともあって、エネルギーはあまり残っていなかったが教会の中に入ってみると壮麗な美しさに圧倒されつつ、ガイドの説明に耳を傾け、ため息混じりに見学した。個人的には、過去にも数回この教会を訪れてはいたが、じっくり見学したことはあまりなかった。この旅行から2年後に、世界遺産を学ぶようになって、ロココ様式の代表的な例として「ヴィースの巡礼教会」が紹介されており、高く評価されていることを知った。これまでこの教会をあまり真剣に見てはこなかったことを大いに恥じている。 こうしてミュンヘンというよりはドイツ・バイエルンでの滞在を終え、ミュンヘンからスイスのチューリヒへ向かった。ウィーンに始まって7日間、バスドライブで楽しませてくれたドライバーのヘルベルトとはミュンヘン中央駅でお別れだった。みんな口々に有難う、サンキュウ、ダンケシェーンと言い、握手をした。母は自分をとても大切にしてくれた彼にとても感謝している様子であった。 東京を発ってから各地の名物料理を含めて、食事は偏りのないようにと気を配ってきた。さらに朝食はバイキング式であるので不満は出ていなかったがたまには日本食も、と考えた。ミュンヘンからチューリヒまでは鉄道で4時間余り、そこで、列車の中ではお弁当を楽しんでいただこうと現地手配会社を通じて幕の内弁当を準備した。列車からの車窓風景は大いに楽しんでいただけたが、肝心の弁当は「幕の内」とはだいぶ隔たりがあり、今もあの時のお昼はちょっと・・・と皮肉を言われる。スイスでは、美味しい名物料理などで、何とか取り返さなくては、と自らに言い聞かせつつ、チューリヒの中央駅に降り立った。

(以下、次号)

(資料 上から順に いずれも2005年7月) ザルツブルク市内 ザルツァッハ川河畔にて。(後方はホーエンザルツブルク城) オーストリア/ドイツ(バイエルン州)国境 道路上の標識。(資料借用) ミュンヘン・ホーフブロイハウスではみんなで手拍子! ノイシュヴァンシュテイン城・マリエン橋への急坂。 深山幽谷に架かるマリエン橋。 マリエン橋からみたノイシュヴァンシュテイン城。 ノイシュヴァンシュテイン城の入り口で。ペットの犬も入場はできないらしい。 シュヴァンガウにて(はるか後方にノイシュヴァンシュテイン城)。 丘の上に立つヴィース巡礼教会。 ヴィース教会の内部・祭壇中央に、涙を流した『鞭うたれるキリスト像』(資料借用)    

(2016/6/6)

小 野  鎭