2016.06.22 小野 鎭
一期一会地球旅113「いやしの旅 (その6)」

一期一会 地球旅 113

いやしの旅 (その6)

 ホテルアイガーでは、皆さんが各部屋に入られて窓を開けると目の前にユングフラウ山塊の雄大な光景が広がり、その荘厳な美しさに圧倒されて、「すごい!」と驚きの声が上がっていた。ところが、10数室のうち、いくつかの部屋は正面側ではなく、裏側に面しておりそこからは牧場とお花畑、そして斜面の途中に数軒のシャレー(山小屋)と森、その上には青い空が広がっていた。典型的なアルプ(山岳牧場)の風景には違いなかったが、正面側の眺めに比べると地味であった。このホテルに入るとき、「グループの場合はできるだけ多くの部屋を正面側に割り振ってほしい」とホテル側に頼んではいるが、添乗員は別として、全部をそのようにアサイン(配置)することは難しく、
いくつかの部屋は裏側とならざるを得なかった。連泊するので、途中で部屋を交替していただくという方法も考えられるが実際にはそれも煩わしいということは経験済みでありメンバーの中でしこりを残しがちである。部屋代の都合もあり、団体旅行では陰の部分ということかもしれない。今回は、家族や親しい仲間同士のグループであったのでその中でお互いに行ったり来たりできるようにして正面側と裏側を割り当てることでご理解いただきたいとお願いした。そうすることでベランダからの風景を仲間内それぞれに楽しんでいただけるように考えた。それでも、一部のお客様からは「あの時はちょっと残念だった」といわれ、申し訳ない思いであった。ミュンヘンからチューリヒまでの列車内で召し上がっていただいた弁当が期待通りではなかったことなど旅行中に取り返さなければならない宿題がいくつか生じていた。 このホテルには
アクセシブルルームは設置されていないので、このことについてはお客様には、すでに了解をいただいていた。それでもホテル側では出来るだけ広いトイレや浴室のある部屋、エレベーターから近いところなどをアサインしてもらい、余分のタオルを入れるとかできるだけ可能な配慮はしてもらうように努めた。その面でのクレームは生じておらずむしろ予想していたよりは快適であったと喜んでいただくことができた。今までは、毎回大きな都市にあるホテルであったし、通りにはたくさんのクルマが走っていて外出や観光で出かけるには便利であったが、にぎやかであったし、星空を見上げることもなかった。それに比べるとミューレンの夜は静寂そのもの、見上げると星が瞬き、深い谷を挟んではるか彼方にはヴェンゲンの集落であろうか小さな光が見えていた。明日は、この旅行のハイライト、シルツホルン周遊を予定している。間違いなく好天であろうと期待しながらのミューレン第一夜であった。
山の朝は早い。アイガーの巨大な三角錐を思わせるような山容とそれに続くメンヒ上方の空が少しずつ茜色に変わり、黒からオレンジ色へのグラデーションが徐々に明るさを増し、空は少しずつ青さを加えていった。山並みの頂上から尾根続きに万年雪がかかっており、深い亀裂はどこも黒々としていた。テラスへ出て日の出を拝む人、写真を撮る人など、少しずつ朝の活動が始まっていた。そして、三々五々、
レストランへ。豪華なビュッフェ式朝食はご機嫌! そして足取りも軽く出発。空はどこまでも青く、緑の牧場と家々の軒先や通り沿いには花々が咲き乱れ、白雪を抱く山並みが屏風のように広がってミューレンの村を取り囲んでいる。メンバーの行いが良かったのであろう快晴の山岳遊覧を楽しむことができそうで自然に心が軽くなる。遥かな山の上を眺めるとミューレンから途中の乗換駅が小さく見えていた。シルツホルンの頂上はその奥にある。以前に一度お連れした方もあったがその時は冷たい雨、頂上では雪が舞っており、展望も利かなかった。今回は文句なし! 私自身の企画でもあり、悪天候に備えてここでの滞在は3泊、中2日を存分に楽しんでいただこうと旅程を組んでいたがどうやらその願いは少なくともこの段階では見事に叶えられそうであった。
シルツホルンの頂上ピッツグロリア(海抜2980m)はレストランと展望台テラスまでエレベーターが設置されており、トイレはもちろん車いす対応。ミューレンからは途中の乗換えを含めて30分強で到達できる。今回も全員が素晴らしいパノラマに歓声を上げ、雄大な景色を堪能していただくことができた。母は、車いすから立ち上がってテラスの手すりに寄りかかってどこまでも広がるアルプスの荘厳な風景に目を細めていた。どうやら血圧も心配することは無く、
体調は異常なかったらしい。テラスで撮った写真のみんなの笑顔を見る度にエキサイティングなあの時が懐かしく思い出される。下山するときは途中のビルクからトレッキングしてミューレンまで2時間余りをかけて下りた健脚組もあり、私も仲間入り。山好きのメンバーには大好評であった。雪渓から流れ出したしずくが次第に他の流れと一緒になり、やがて巨大な滝となって数百メートルを飛沫となって落ちていく。ラウターブルンネン
峡谷には大小70余りの滝がかかっておりその流れはアーレ川に合流し、さらにライン川となって北海にそそぐヨーロッパ有数の大河となっている。毎度のことであるがほんの小さなしずくが大河の源流の一つとなっていることをおもうとそのしずくが愛おしい。口に含んでのどを潤したり、顔を洗ってみたりのすがすがしい経験であった。 この日は、7月28日であった。団員のIさんは、
この日が誕生日、2日前に誕生日を迎えていたFさんと一緒にお二人を祝福、ホテル玄関先のテラスにみんなで集まってシャンペンで乾杯、誕生日おめでとうございます! ユングフラウ山塊が夕日を浴びてバラ色に染まり始めていた。この日の夕食は、ホテルご自慢のフォンデュ・シノアーズ(中国風フォンデュ)。牛肉、仔牛、そして豚肉の薄切りを煮えたぎっているブイヨンスープにサッと通してマスタードソースやマヨネーズ、クリームなど好みのソースをつけていただく。しゃぶしゃぶ風の味は日本人の口にも合うと喜ばれている。赤ワインのピノ・ノアールがさらに食欲をそそり、楽しい一夜が過ぎていった。 翌日は終日自由行動。この日も幸い好天であった。前日、すでにシルツホルン周遊を終えていたので、お花畑の散歩を楽しんだり、ユングフラウ周遊をしてTop of Europeまで出かけたグループもあった。また、インターラーケンの町を散歩してブリエンツ湖の湖上遊覧を楽しんだ人たちもあった。ベルナーオーバーラント一帯は、難度の高い登山から手軽なトレッキング、どこまでも広いアルプではトレッキング路がとてもよく整備されていて山歩きが楽しい。ロープウェイ、チェアリフト、山岳鉄道、遊覧船など交通手段も豊富。バリアフリー面でも多くのところで整っており、老若男女、障がいのある人たちもそれぞれに楽しく過ごせる方法があることが嬉しい。鉄道駅のホームには階段とは別にゆったりしたスロープが設置されており、車いすはもとより、スーツケースを引っ張って歩くにも都合がいい。一方では、
車いすマークのついた公衆トイレには通常鍵がかかっている。日本では、考えにくいことであるが、スイス始め多くの国でごく普通にありうること。保安上の理由と本来必要な人のためにそれを確保するという意味合いもあるのだろう。この時はインターラーケン東駅のトイレで一つ新たな経験があった。そのカギについて尋ねたところ、キオスク(売店)で借りるように、とのことであった。後で知ったことであるが、スイスではEurokeyという仕組みがあり、障がい者団体を通じてこのカギを整えることが可能であった。このことについては、改めて紹介することとしたい。
こうして、ミューレンでの楽しい滞在を終え、いよいよ最終地ルツェルンへ向かうことになった。その日の朝、ホテルの総支配人アンネリズ・シュターリ夫人が駅まで見送ってくれた。30年以上もミューレンに行くたびに利用するホテルアイガーであるが、今回も多くのお客様に楽しんでいただくことができ、こうして駅まで一行を見送ってくれる。この次もきっとお客様を大歓迎してくれることであろう。サービス業の在り方を改めて教えてくれる素晴らしい人である。(以下次号)   (資料  上から順に、一部を除いて、いずれも2005年7月当時) ユングフラウ山塊とミューレンの村(矢印) 花いっぱいのミューレン 日の出前のアイガーとメンヒ ミューレンの朝、足取りも軽く! シルツホルンの頂上 ピッツグロリアの展望台(2980m+α) 母も立ち上がって感激していた。 山に遊ぶ(ビルクからミューレンへ歩いて下山) その日のメニュー(Fondue Chinois) インターラーケン東駅のホームに見るスロープ ホテルアイガーのフルメンバー(シュターリ夫人は今は引退 前列左から2番目)

(2016/6/21)

小 野  鎭