2016.09.14 小野 鎭
一期一会地球旅125「世界一美しい山を見に行こう Viva Swiss その6」

一期一会 地球旅 125

世界一美しい山を見に行こう Viva Swiss その6 

この日は、もう一つのアトラクションが予定されていた。トローメルバッハ(トローメル滝)の見学である。 シュテッヘルベルクからラウターブルンネンに向かってバスで数分のところにある。72の滝があるといわれているラウターブルンネン渓谷であるが、多くの滝は谷の絶壁を数百メートル落ちていたり、木立の向こうにチラッと見えていたり、岸壁のくぼみを流れ落ちたりしている。
ところが、このトローメルバッハは、岸壁の中に穴を掘るかたちで落ちており、外からはほとんど見えない。わずかに谷底で穴から吐き出されたように速い流れが現れて谷の真ん中を流れている本流に流れ込んでいる。 少なくともこの支流を見る限り、その奥に驚くべき滝の存在があるとは教えられない限り、ほとんどわからないであろう。ユングフラウとメンヒ、二つの山塊の間の大きな谷間に架かる氷河の舌端から流れ出したせせらぎは途中から伏流水となり、谷の一番底に近いところで外に現れているということであろう。1877年に初めて滝の下まで到達することができたと案内にある。
滝は、岸壁の中に大きな穴を掘る形で直径は10~15メートルくらいあるだろうか、水力発電所の送水管が地中に埋め込まれている、そんな感じかもしれない。全体の落差がどのくらいあるのかは知らないが、全体としては600mほど通路が作られている。その中で、一般的には高さ140mくらいまでを見ることができるとある。105mのところまではエレベーターが掛けられており、並行して穴の内側には岩を削って階段が設けられている。滝は10段になって落ちており、その水の勢いたるやとにかく圧倒され、恐ろしいほど。飛沫と轟音ですぐ近くにいる人と話すときも大声でないと聞こえない。滝を見物している間に飛沫を浴びてずぶぬれ状態になるがそれはむしろ心地よいといってもいいかもしれない。自然の力の偉大さを見せつけられ、一分一秒も休みなく落ちているこの滝を見ていると神々しささえを覚えるといっても良いかもしれない。因みに、トローメルバッハとは、ドラムをたたく音の滝、という意味合いだとか。氷河が溶けて流れ出す水量は夏と冬では一定していないが、特に夏のシーズンは1秒間に2万リットルも流れているとか。それがどのくらいの水量であるかはわからないが目の前にそれを見るととにかく恐ろしいほどである。長い時の流れの中で多分、一時(いっとき)も休むことなく流れ落ちる水の勢いは、硬い岩盤を削り、やわらかいところを穿ってできたであろう大きな甌穴(かめあな)が上下にいくつも連なっている。
ところがここでは、車いすのメンバーには申し訳ないことがあった。この滝を見物するには、入場料を払うが(2010年当時10スイス・フラン、850円位であったとおもう)、車いすの方は入場させてもらえなかった。この滝はそれよりも数年前に一度訪れていたのでエレベーターがあること、エレベーターに乗るまでは数段の階段、上部で降りた後は、たくさんの階段があり、加えて飛沫でぬれており、滑りやすいことは経験済みであった。そこで、上部の階段を上ることはできないまでもエレベーターを降りたところとその範囲の通路からだけでもこの圧巻は見学できることも知っていた。今回の旅行の準備の中で、この滝の管理事務所へもホテルアイガーを介して車いすの方も入場し、エレベーターの終点までは行かせてほしい、と交渉してもらった。数段の階段が数か所あるがそれは同行するスタッフがケアのプロであり、自分たちで責任を持って介助するから、と強調した。しかし、それは聞いてもらえなかった、との返事があった。ホテルとしても真剣に交渉してくれたことは管理事務所とのやり取りの中でよくわかっていた。
そこで、自分自身でもう一度、管理事務所へ手紙を出して、これまでの旅行でやってきた成功例や経験を述べて、何とか承認してほしいと懇願した。これに対して、管理事務所からは丁寧な回答があった。ホテルアイガーからも何とか取り計らっていただけないか、との申し入れもいただいている。しかしながら、申し訳ないが車いすの方はお受けできない。 
理由は、滝への通路の入り口はじめとして、エレベーター乗り場まで数段ずつの階段があること、エレベーターを降りたところにも段差があること、くわえて見学路は飛沫で滑りやすく足元が特に不安定であること、来訪される8月は、平日も含めて見学者が多くて混雑していること。最大の理由は、滝の見学施設として万一に備えて損害保険を掛けているが、その担保条件として車いす使用の方は含まれていないということであった。設備が古くて滝の通路は荒削りのトンネルが掘られ、階段部分などはずいぶん昔にコンクリートで造られているが経年劣化しているところも多かった。以上のような理由から、入場いただけない方にはお気の毒だが、滝の前のカフェ、滝壺から流れ出している川べりの散歩道などこの一帯は景色も良いのでそこでお楽しみいただきたい、と結ばれていた。
滝の中の通路が不安定であり、物理的な条件からむつかしいであろうことを承知の上で交渉したのではあるが、施設側が掛けている保険では一部の方が担保条件として対象から外されていることをこのとき初めて知った。大変残念ではあったが、それ以上は押すことは出来なかった。B-POP様にそのことをお伝えし、滝それ自体の見学を取りやめることも提案したが、せっかくの機会だから行ける人には見学させたいとのことでご案内することになった。
そして、事前に催された説明会でもお入りいただけない方には申し訳ありませんが、その間は外でお茶でもいただきながら休憩しましょう、ということでご了承を得た上で出発したのであった。日本では、今年4月に障害者差別解消法が施行された。旅行に於いても、障害を理由とする差別は禁じられており、何らかの合理的配慮を講じることが求められるようになった。この面では、筆者は法律が施行されるよりも30年近く前からそのように努めてきたし、ユニバーサルツーリズムの普及を目指してきた。そんなわけで、この滝では、合理的配慮をは叶えてもらえなかったことが残念であった。
メンバーが滝見物をしておられる間、車いすのメンバーはお茶を飲んだり、牧場の小道を散歩しては美しい花々の写真を撮ったりしていた。そのうち、あの花のそばで腰を下ろしてのんびりしたいね、ということになり、草の上に座って青い空と岸壁のはるか上にそびえている山々を眺めたりしていた。ところが、たまたま通りかかった地元の女性であろうか、「草は牛たちの大切な食料だから、入ってはダメ!」とたしなめられた。
どうやらこの国では、牧場はその中に伸びている小道を除いて、草地の中などには入ってはいけない、ということであろう。筆者自身は何十回も訪れているスイスであるが、牧場や私有地を守る意味で厳しい規則または社会的な約束事があるのだろうということを改めて知らされた恥ずかしいひとこまであった。こんな興味深い経験とトローメルバッハ見物を終えたのち、ラウターブルンネンを経て、また、谷の上へ戻った。こうしてミューレンでの楽しい滞在が終わった。     (以下次号) (資料 上から順に。 一部をのぞいて、2010年8月撮影) ラウターブルンネンの谷には72の滝があるとのこと。この滝も高さ200mくらいだとか。 トローメルバッハの滝の水はメンヒとユングフラウの間の氷河から。(資料借用) 滝を見ていると思わず吸い込まれそうになる。 トローメルバッハの滝 入口の案内板(資料借用) 滝の中のエレベーターのレール(資料借用) 滝の内部の通路。 牧場に咲く可憐な花(この後、草地には入らないで!とたしなめられた。) トローメルバッハの滝壺。 草地は牛たちの大切な食料!(資料借用) 滝の中間から外を見ると広い谷が見渡せる。