2016.11.15 小野 鎭
一期一会地球旅134「ラップランドへの旅8 ハリニヴァ・リゾートへ その3」

一期一会 地球旅 134

ラップランド(Sápmiの旅 8 ハリニヴァ・リゾートへ その3

ハリニヴァには3泊したが、宿泊した部屋の窓からは真っ白な世界とその中にトウヒであろうか針葉樹の木立が広がり、その向こうには住宅街が続いていた。とはいってもビッシリ立ち並んでいるのではなく、道路に面して前後に庭らしい余裕があり、家々の間もたっぷり空間があった。
いわば別荘地域のような一帯なのであろう。窓の外にちょうど掛け時計のような温度計が取り付けられており、一日に幾度に幾度となく、「今、外気温はどのくらい?」と見るのが楽しみであった。温度計は何と-50まで数字があった! 一晩過ごした翌朝、つまりハリニヴァ二日目の朝、針は-23を指していた。前夜、戻ったときは-15であったのであれからかなり寒気が強くなったのであろう。一般的には、一番温度が下がるのは明け方だとか。あと2晩過ごすがこの先、寒さはどうなるのだろう? 新たな興味が湧いてきた。木立の合間から鈍い朝の陽が白い大地を照らしていた。
ロビーまでの通路は所どころ外気に触れるところがあり、一気にわが身をシャキッとさせて気持ちを引き締めてくれる。レストランに行ってみるとブッフェ式の朝食。ハリニヴァには、ホテル型、アパート型、ロッジ型などいくつかの宿泊施設があるが、宿泊客の多くはほとんどがこのレストランで朝夕の食事をとる人が多い。すでにかなりの人がブッフェの前に並んでいた。テーブルの上には山ほどのパンやクネッケ、チーズ類、野イチゴやオレンジなどのジャムやママレイド、ハムやソーセージなど、スクランブルエッグやゆで卵もあった。細やかではあるが、キューリやトマトのサラダもあった。極北地方で新鮮な野菜を得ることは大変な長距離を運んでこられるのか、それとも温室栽培でラッピ(ラップランド)地方でも作られているのだろうか? できればスーパーなどへ行ってどのような食材が売られているのか、このあたりの生活の様子や流通事情ものぞいてみたい。今日も盛りだくさんのプログラムに備えてメンバー各位はここでも健啖振りをみせていた。食欲がないとか、調子が悪いなどという人は無さそうで、添乗している立場としては引き続きありがたいことと感謝しながら、こちらも朝食を楽しんだ。北欧人は一般にコーヒー好きが多いと聞くが、日本よりも濃いことが多いのでミルクを多めに加えてカフェラッテのセルフサービスを心がける。 この日は、サーミ人の牧場見学を予定していた。サーミとは、スカンジナヴィア半島の北部一帯からロシア北部コラ半島に居住する先住民族。フィン・サーミ諸語に属するサーミ語を話す、とあるが今はほとんどフィンランド語、スウェーデン語、ノルウェー語、そしてロシア語などのバイリンガルであるとのこと、因みにラップランドとは、辺境を指す蔑称だそうで、彼ら自身はサーメと自称しているそうである。そこで拙稿のタイトル、副題にはラップランドの後にカッコ書きでSápmiを添えた。北方少数民族として我が国のアイヌ民族(ウタリ)との交流もあると聞く。
ハリニヴァから30分くらいであっただろうか、雪の原野と森が広がる一帯を走り、トナカイ牧場を訪れた。朝のうちはほとんど風もなく、どこまでも澄んだ青空に天を刺すような針葉樹、そして、葉を落とした白樺が並んでいた。2階建ての瀟洒な母屋と農具などを入れる納屋であろうか、大きな平屋の建物があり、その一部には長年使っていた農具や家具類、トナカイの毛皮や古い写真などが展示されサーメの人たちの生活の様子が紹介されていた。勿論、いまはフィンランド人と何ら変わらぬ生活を送っており、トナカイ飼育が本業であっても副業としてホテルやレストラン、あるいは地域の工場や店舗などに務めている人も多いと聞いた。もっと北方の荒漠たるサーメの地では主としてトナカイの放牧で生活をしている人たちもあるそうだが、ムオニオ一帯ではそのような人はほとんどいないとのことであった。人口希薄なこの地域でも都市化現象が広がっているということであろう。 メンバーは青年が操るトナカイのそりに二人ずつ乗り、白一色の牧場内を一回り、さながらサンタクロースになった気分。全員がそり遊びと建物などの見学を終えてから、バスに乗って森の中を少し走って針葉樹林に囲まれた木造りの大きな建物に着いた。トナカイ肉やチーズ、きゅうりのサラダなどの昼食を楽しんだ。野趣たっぷりのスープが冷えた身体を暖かくしてくれた。しばらくすると風が少し出てきた。樹木に積もっていた雪が飛び散り、明るい日差しを受けて雪片がキラキラと輝いていた。ダイヤモンドダストというのだろうか。まだ外気温は低くて手がかじかむほどであったが、不思議に日本で味わう雪の日の寒さのような陰鬱な気分ではなかった。この時、何とも残念であったのは予備の電池を持参し忘れて写真を撮れなかったこと。日本では少し走ればコンビニに寄って単4の電池を買うこともできるがここではそんな考えはおよそ許されなかった。何事も自給自足を旨とすべし!
トナカイ牧場からホテルに戻って小休止。しばらくするとムオニオ川に架かる橋まで行ってみようと有志が出かけることになった。
雪道は日差しを受けて凍結がゆるみ、少々ぬかるみ状態のところもあったが車いすを交互に押し、手を引きあって30分ほどであっただろうか。川幅はかなり広く、橋の長さは数百メートルはあるだろう。橋の真ん中が国境になっていた。その向こうはスウェーデン、何しろ歩いて国境を超えるなど、滅多に経験できることではない。みんな興味津々、国境を表す標識をバックに写真を撮った。
ここにはゲートも無ければ、柵もない。橋の真ん中に標識が一本立っていて、左(西)Sverige(スウェーデン)そして右(東)Suomi(フィンランド)とあった。そしてLappi(ラップランド)、Muonioとあり、自動車は常にヘッドライトをつけて走るように、と書かれていた。北欧では一般に車は一日中、交通事故防止のため、ライトを点灯することになっている。橋の向こう側まで100m以上はあったと思うがスウェーデン(!)まで行ってきたメンバーもあった。 夕方は例のサウナ、みんなで汗を流し、火照った身体で10mほど凍り付いた飛び石伝いに走り、川沿いにある大型の野外浴槽へ。さすがにこれは勇気が必要であったらしいが、「心地よい」数秒間であったとか。
日本を出てから数日間、ずっとシャワーのみで過ごしてきたのでこの大型風呂は、何はともあれ好評であった。目の前には広大な雪原、そしてその向こうには木立が続いている。隣国スウェーデンである。気宇壮大な風景を楽しみながらのひと風呂であったのではないだろうか。その夜も鼻の下に氷柱(つらら)を作りながらオーロラ見物に足を運んだことは言うまでもない。深夜、ホテルに戻った時、気温は-25であった。 (資料、上から順に。 ことわりないもの以外は、2013年3月撮影) この日、朝の外気温 -23℃。 ホテルの周りの朝の風景。 朝食は楽しい! いざ、トナカイ牧場へ! 橋の向こうはスウェーデン。 ここからフィンランド、ラッピ州ムオニオへ。 車は常時ヘッドライトを点けること。 ムオニオ橋の真ん中で。左 スウェーデン、右 フィンランド。 この夜、外気温-25℃。 (2016/11/14) 小 野  鎭