2022.07.26 小野 鎭
一期一会 地球旅 227 パールロードから南イタリアを巡る旅(13)

一期一会 地球旅 【227】 パールロードから南イタリアを巡る旅(13)

 
マリナ・グランデの波止場で20人ほど乗ったボートはカプリ島の沖合を滑るように快適に進む。これぞ海の男ともいうべき浅黒く日焼けしたたくましいキャプテンがハンドルを握り、20分ほどで島の西側にある青の洞窟に向かった。カプリ島は石灰岩から成る島で中央部から西側にかけては、
高さ100mはあろうかという屹立した崖になっており、その途中のでっぱりやその崖の上には瀟洒なヴィラや住宅が点在しており、緑の木々と花々など美しい風景を見せている。空はどこまでも青く、陽射しが眩しい。岸壁のところどころに大きな裂け目があり、水辺には縦に大きく空洞ができているところもある。これから行ことする青の洞窟以外にもいくつか大小の洞窟があるらしい。
やがてボートは動きを緩め、静かに止まった。手漕ぎのボートが幾艘も散らばっており、それぞれに白いT-シャツを着た船頭が揺れるボートの上で上手にバランスを取りながら、大きな声でわめいている。聞きようによっては、喧嘩をしているようであるがこれがイタリア人特有の冗談を言い合っては、観光客に呼びかけながら、なんともにぎやかである。先夜のタクシーのドライバーを思い出した。マリナ・グランデから乗ってきたボートは我々の帰りに備えてここで待っていることを確約したが、一方では洞窟に入るボートはまた別料金。我々グループの一人当たりさらに12.5ユーロが必要であった。手漕ぎボートの船頭たちの組織が別にあるらしく、それは明確に運営 されているらしい。
マリナ・グランデから乗ってきたボートから洞窟への手漕ぎボートに乗り移るにはちょっとした勇気がいる。絶えずボートは揺れており、船端の高さもかなり違う。なるほど、天気が良くても波が荒いと洞窟に入ることがむつかしくなるというのは分かるような気がする。船頭と先に乗った客が互いに手を取り合って助け合いながら4人がそれぞれ乗り込み、船頭と合わせて5人。ワイワイキャーキャー歓声が上がる。船頭は器用にボートを操りながら客にボートの底に身体を収めるように、と大声で怒鳴る。男も女も大人も子供もとにかく否応なしに柔軟な姿勢が求められ、船端よりも低く身体全体を収めなければならない。船端よりも飛び出していると洞窟の入り口の尖った岩に頭をぶつけるかもしれないというわけ。
つまり、命懸けということになるらしい!いわれるままに身体を詰め込む。お互いに仲間同士、頭がぶつかり、背中がぴったり、足といわず腰といわず密着させることになる。態勢が整ったボートから順に洞窟の入り口にゆらゆら揺れながら続く。
ところでひょいと気付くと、ボートの横っ腹には「ガンバレ 日本!」と書かれ、日の丸が描かれていた。この時は、2012年、つまり、東日本大震災の翌年であった。ここでもはるかに日本を応援していたのである。嬉しいではないか!
次々に船頭は、洞窟の入口に張られたロープをつかみ、掛け声と共に波が下がったところを見計らって器用に小さな入り口を抜けて洞窟に入っていく。続いて、自分たちのボートの番。身を潜めて数秒であろうか、真っ暗になり洞窟いっぱいにサンタルチアの歌が響いていた。恐る恐る頭を持ち上げてみると前方には幻想的に青白く波が 揺れていた。ゆらゆら動く水面に目をやると太陽の光を反射して明るく輝いている。思わず吸い込まれそうな感動を覚える。
なるほど、洞窟に行くには午前中の方がいいよ、と言われる理由がわかるような気がした。夢中で写真を撮りながら美しさに感激の声が上がった。数分間、洞 窟内をボートに揺られた。はるかに、先ほど抜けてきた小さな穴が見え、そこだけが明るかった。そして、また、ボートの底に這いつくばる。無事、洞窟を出ると、眩しく青い海が広がっていた。マリナ・グランデへ戻るボートから見ると、遠くにヴェスヴィオの悠然たる姿、目を右にやるとソレント半島の風景が広がっていた。「帰れソレントへ」はこちらでもよく歌われるのだろうか?(以下、次号) 写真&資料 (上から順に、ことわりのないものは筆者撮影 マリナ・グランデから青の洞窟に向かう。(2012年9月17日撮影) カプリ島の沖合にて(同上) 島の西側は高い絶壁になっており、青の洞窟はこの下にある。(同上) 揺れる波の上で小舟に乗り換えなければならない。(同上) ボートの横っ腹には、「ガンバレ、日本!」とある。(同上) 船頭は波の動きに合わせて、小舟を操り、洞窟へ入っていく。(同上) 青の洞窟内の神秘的な美しさにしばし感激!(同上) 帰りのボートからは、右に目をやるとソレント半島などが見えた。(同上)