2014.05.26 小野 鎭
小野先生の一期一会地球旅⑥「スイスに見る合理性」

スイスに見る合理性

 小野 鎭

勤務していた会社が農林中金関連ということもあって、70年代は農業関係とくに農協関係の視察団にもかなり添乗した。 筆者は、学生時代に今でいう児童養護施設での仕事も4年近く経験していたこともあって、視察分野では、福祉や医療などいわゆる厚生関係を得意としていたが、それでも農業や地域整備、まちづくりなどに関する視察もかなりお世話させていただいた。近年、ユニバーサルデザインを意識したまちづくりなどについて地域での審議委員を務めたり、ワークショップなどについても参加している。 遥か昔に見聞したことと関連があるのかもしれない。今回は、協同組合や国づくりといったことについて見聞したことを思い出しながら書いてみたい。
農協関係団体の視察といっても、様々な協同組合を訪問することが多かった。70年代は、我が国でも生協や消費者協同組合などの活動が強まってきていたので、とくに欧州の有名協同組合などへの視察は大変多かった。スウェーデンのKF(Kooperative Forbundett)などは訪問のアポをとることさえむつかしいことがあった。筆者は、他にも漁業や地場産業の後継者育成といったような観点からある県の後継者養成課の視察も長年担当させていただいた。 様々な視察団をお世話していたので、社内での情報交換をすることで、必ずしも専門分野ではなくても他の業種に思いがけなく興味を持っていただけたとか、思わぬヒントが出てきて、他業種にも喜んでもらえることがあった。今日的な言葉で言えば、異業種交流ということであろうか。   英国のマンチェスター郊外には協同組合運動誕生の地としてロッチデールがある。パンなどの食料品や日用品など主とした生活必需品を労働者がもっと品質が良く、安価に流通させる方法として今日でいう消費者生活協同組合の先駆者的な組織として生まれたと聞いている。協同組合設立のころは、当初はロバート・オーエンの社会思想なども意識されていたことなどもあったとのこと。英国の世界遺産のなかには産業遺産もたくさんあり、R・オーエンの名前も出てくる。そこで、もう一度勉強し直してみなければ、と思ったりしている。
ドイツには、ライファイゼン協同組合があり、こちらは、農業者の金融など信用業務が強く意識されて始まったらしい。西ドイツ各地にライファイゼン農協があったが、本部は当時は西ドイツのボンにあり、よく訪れていたのでいまでも住所を空でおぼえているほどである。農家も幾度も訪れた。欧州共同体のなかで農業構造改善が進められ、農家も随分苦労していることを聞いてあちらにはあちらの苦労があることを参加各位は真剣に話を聞いておられたことが思い出される。また、農協組織とは別に流通面でEDEKAという組織があり、全国にスーパーマーケットなどがある。 数年前、バイエルンを訪れたがRaiffeisen Bank やEDEKAのスーパーなどを見るにつけ、昔を思い出した。我が国では、超高齢社会が急伸し、一方では、人口の都市集中化がさらに進み、過疎地が増えている。最近では、人口減のため、将来は消滅する自治体も出てくるのではないかという危機感が生まれてきていると報道されている。昨今の話題を待つまでもなく、自動車が生活面でも多くの人々の足として使われている今日、公共交通機関の採算が思わしくないところが続出している。結果として、やむなく鉄道が廃線となったり、バスなどでは運行回数が極限まで減じられて多くの地域で買い物難民が生まれているなどの社会問題も大きくなってきている。 このような社会現象を憂えるとき、小さな集落が伝統的にいまも息づいているスイスの山岳地方などでの生き方とこれを支える社会の仕組みを見ていると学ぶところが多いように思われる。Swiss Migros協同組合は今日、スイス最大の小売り組織になり、世界でも大手小売業チェーン40社の一つにランクされているそうであるが、70~80年代当時、幾度も訪れた。そして、その合理性と国中に張り巡らされた流通網に驚いたものである。スイスは山岳地帯が多く、俗にいう僻地も多いと思うが、末端の組合員までどうやってサービスを届けるのか、という質問に対して、トラックなどの車両に小型のスーパーマーケットのように商品を積み、週に幾度か日時を決めて移動店舗を展開してきたことなどの説明があった。今日、我が国でも移動スーパーが出現してきているがその方法を、Migros では、1950年代から実行してきたということを聞いたと思う。
一方では、協同組合ではないが、ポストバス(Post Bus=郵便バス)がある。スイスは、鉄道王国としても知られ、連邦鉄道、私鉄などの鉄道網のほかに、ロープウェイ、ケーブルカー、船等様々な交通手段がある。人々の移動と世界中から訪れる観光客にもそのサービスはつとに評判である。さらに奥深い山間部の小さな集落までポストバスの路線網が張り巡らされて人々の足として、そして郵便物も一緒に運ぶことで重宝されている。最低賃金が、時間当たり2500円云々が話題になっているこの国では当然ながら物価も我が国のそれより2倍近くすることも多いが、学ぶところは大きいように思う。農協職員や単協の組合長、県連の幹部や役員諸氏、次世代を担う産業青年後継者などの目にはどのような刺激を与え、どのようなことを学ばれたのであろうか、帰国後著わされた報告書などを拝見するといまでも興味深い。 合理的ということで、もう一つ、スイスで感心したことがあるので紹介させていただきたい。筆者は、80年代後半からは障がいのある方やその家族などの旅行、俗にいうバリアフリー旅行に力を入れてきた。
1999年7月に3人の車いすの方、ほか数人の知的障害のある方、高齢の方とその家族などのグループをスイス中央部の山岳リゾートへ「ベルナーオーバーラントの休日」としてご案内した。インターラーケンの近くにある湖畔の村 ゼーフェルトに4泊したが、オプショナルツアーとして、シルツホルン(2980m)登頂遊覧をすることになり、現地で急ぎ手配して出かけた。 メンバーは10数名であったので、交通機関の予約は比較的容易にできたが、行程は次のように複雑なものであった。
ゼーフェルト ~ ローカルバス ~ インターラーケン東駅 ~ BOB鉄道 ~ ラウターブルンネン ~ ポストバス ~ ステッヘルベルク ~ ロープウェイ ~ ミューレン ~ ロープウェイ ~ シルツホルン(2970m) 往復 ~ ミューレン(昼食と休憩) ~ ミューレン鉄道 ~ グリュッチアルプ ~ ケーブルカー(今はロープウェイ) ~ ラウターブルンネン ~ BOB鉄道 ~ インターラーケン ~ ローカルバス ~ ゼーフェルト スイスの交通機関は、たとえ連邦鉄道、地域鉄道、ポストバスなどでも数系統は連続して乗車券(切符)を買うことができる。そして、その場で障害者割引などもかなり適用可能である。 そして、この時は、車いす使用の方が3名おられたので、各駅であるとか、バスなどでは、低床式であるとか、駅で簡単に乗降できる簡易リフトを準備してもらうなどの手配をお願いする必要があった。 この時は、インターラーケン東駅からシルツホルン往復ミューレン経由インターラーケン東駅まで切符は、2枚(3枚であったかもしれない)であったと記憶している。ルートが全部打ち込まれていて、金額も勿論、割引が適用されていた。 そして、途中の駅などでの乗降支援は、最初の駅で一回、頂上から下山して、ミューレンで昼食後乗車するときにもう一度申し出ると各乗換の場所でスムーズに対応してもらえた。
近年では、日本でも鉄道などでは、乗車時に支援をしてもらうときに下車駅を告げると向こうの駅に連絡されて支援してもらうことができるようになっている。今から15年前に、これよりもさらに複雑に交通機関が入り組んでいたことへの対応を考えるとこの連携のよさには改めて素晴らしいと思う。付け加えると、スイスだけでなく欧米の駅では、階段のほかに広いスロープが設置されていることが多い。大きな駅ではエレベーターも設置されているが、多くはスロープが重宝されている。車いすだけでなく、ベビーカー、スーツケースを押す旅行者や自転車! そしてポーターにとっても、とても便利である。加えて、エコである。これもきわめて合理的ではないか。 一層のユニバーサルツーリズム普及を願う上で、このような仕組みは大変興味深い。 (2014/05/28)

(資料) 上から

スウェーデン 協同組合 Obsハイパーマーケット

ドイツ EDEKA スーパーマーケット

スイス アルプス  山岳牧場(移牧)

 同  ユングフラウ・ヨッホ スフィンクス(3580m)

 同  ミューレンとシルツホルン地域 (資料借用)

 同  インターラーケン・東駅  スロープ