2014.09.02 小野 鎭
小野先生の一期一会地球旅⑳「社会福祉施設処遇技術調査研究と研修事業」

一期一会 地球旅 20

「社会福祉施設処遇技術調査研究並びに研修事業」に添乗して

その5 ニューヨーク MRIにて

77年の研修団は、バンク―ヴァーにつづいてトロント、モントリオールとカナダの三大都市で身体障害、発達障害関係の諸サービス、実際の訓練施設や居住施設などを見学した。地域社会での生活を意識した今でいうグループホーム形式の居住施設や訓練、就労促進へ向けたプログラムなどに力が入れられ始めていた。 その後、アメリカへ入り、ニューヨークでの発達障害関係では、ニューヨーク医科大学付属精神遅滞研究所、通称MRI( New York Medical College Mental Retardation Institute)を訪問した。マンハッタンのビル街を抜けて約1時間北上したウェストチェスター郡ヴァルハラ郊外の森の中にあった。MRIを訪れたのは、実は、筆者自身の推薦でこの研修団の訪問先の一つとして加えられたものである。 前年に、ワシントンDCで行われた国際精神薄弱会議(IASSMD)参加とその前後に数か所の精神遅滞に関する研究・訓練・治療施設としてのUAF(University Affiliated Facility=大学関連施設)を訪問したが、その時にニューヨークのMRIが全米でも大変優れた施設であると評されているのを聞いていた。今回は施設で第一線の療育に携わるスタッフなどが多く、必ずしも研究職などではないことを考慮すると適切な訪問先であるかどうかはやや疑問もあったが、UAFで第一線の研究や新しい考え方を学ぶことができるとすれば訪問する価値は十分あるだろう、との判断によるものであった。 UAFとは、ケネディ政権下で精神遅滞に関する研究と実践プログラムや各種専門家の育成などを進めるために制定された法律に基づく施設で全米各地の著名な大学や施設など20数か所が指定されていた。前述の旅行あたりから、徐々に通訳も兼務し始めていたので、今回のカナダでも多くの研修先での通訳も自ら担当していた。加えて、Normalization やDe-Institutionalizationなどの大きな潮流も自分なりに少しずつ理解し始めていた。しかしながら、今回は、今までの施設見学というよりは研究目的が高い施設であり、多分、学術用語はじめ理論的にもかなりむつかしい内容の話があるのではないかと正直なところ不安も大きな訪問であった。
10月中旬ともなるとヴァルハラ一帯の森の木々も色づき始め、黄色や茶あるいは緑と美しく、そこに想像していたよりも大きな研究所があった。バスから降りて玄関に向かうと、小柄な日本人女性が立っておられて、「ようこそMRIへ!」とにこやかに迎えてくださった。視聴覚障害臨床プログラム主任のカニングハム久子先生であった。全く思いがけない出会いであり、予想もしていなかったので、大変うれしく、その時は一気に心が軽くなっていったような気がする。予想もしない暖かく心のこもった歓迎をいただいて研究所の講堂に入って概要説明を受けた。 研究所長であるDr. Margaret J. Giannini 自身がMRIの沿革と現在の研究や診断、訓練と治療の様子などについて説明してくださった。1950年、マンハッタンの中心部にあるFlower Hospitalの中に障害のある乳幼児の診断、治療の専門部門としてスタートし、週に一回半日の診察を行った。この分野の専門クリニックとしては世界初のものであったとのこと。1972年にここヴァルハラに精神薄弱分野の研究と療育を行うためにMRIを開設した。ここでは、個々の障害に合わせたプログラムによって研究と療育を行っており、全米各地から「巡礼詣で」のように診断や治療を受けるために来訪者がある。現在は、豊富な情報があり、世界中にそれを提供できるようになった。現在は、UAFの施設としても指定されており、一層積極的に活動している、と説明された。 このあたりまでは良かったが、それから施設内を見学し、専門的な説明などを聞いているうちに障害の名称や状態、障害の原因や併発する病気や症状、訓練や治療の内容などの専門語に至るとすっかりお手上げ、頭の中が真っ白になっていくような思いであった。団員は、施設で同じような障害のある人やその訓練や指導、ケアなどに携わっている人が多かったので通訳がうまく伝えきらずにいても専門家同士でかなり理解しておられる様子もうかがえた。要所々々で久子先生が補足してくださり、勘違いを正してくださったので救われる思いであった。 この時の出会いから久子先生との交流が始まり、その後も幾度かMRIを訪ねたり、先生の手配で各種施設やサー
ビスを見学したりすることができた。特に横浜訓盲院の教員や障がいのあるお子さんの母親なども一緒に訪問して熱心に研修された。また、発達障害関係の研究者やNHK取材班の方を紹介したりして喜ばれたこともある。久子先生が「そして挑戦の日々」をNHK出版から出された時は原稿を運んだりもした。この本のなかで77年の研修団始め、筆者が案内したり、紹介した方々のことも紹介くださっており、感激した。一方では、先生はMRI在任中に「ニューヨーク臨床教育父母の会 = Services to Parents of Exceptional Asian Children = SPEAC」を発足された。ニューヨークに在住の日本人などで障がいをもつ学齢児童もかなりいると思われその父母からの相談を受けたり問題解決に協力していこうという活動もされていた。 後年、久子先生はMRIを退任されて教育や障害関係のカウンセラーとして活動され、いまもお元気で活躍されている。毎年、秋には日本に講演に見えて全国各地で先生のご高話を待っている方々も多い。筆者は家族ぐるみのお付き合いをさせていただいており、今年もお会いできることを今から楽しみにしている。
ところで、MRIはその後、Westchester Institute for Human Developmentとして、2012年に設立40周年を迎えたとホームページで紹介されている。そこに写っている子どもたちの顔がとても明るく楽しそうな様子が印象的である。さらにHistoryを追いかけていくと、動画で、「The Journey」として紹介されており、77年に訪問した時、所長としてご案内くださったジャニニ博士がお元気な様子で当時を語っておられ、とても懐かしい思いがした。
        (資料 上から順に) ニューヨーク医科大学付属精神遅滞研究所 玄関にて (報告書より) カニングハム久子氏著「そして挑戦の日々」 Westchester Institute for Human Development (資料借用) 同上 History より The Journey (You Tube) You Tube   :  http://www.wihd.org/page.aspx?pid=926   (2014/08/25)  小野 鎭