99歳。七夕の短冊に書かれた願いをホームスタッフが叶えた心旅。石川県から靖国神社へお参り。

今回の靖国神社参拝は、
ホームでの七夕飾りに「クサイ島に行きたい」と書かれたお一人の願いから始まりました。

クサイ島に行くのを実現するのは難しいですが、
「靖国神社に行きたい」という願いならば、というホームスタッフの思いにつながり、、、

ホームの全面的なバックアップのもと、七夕の願いが実現しました。

とてもとても暑い夏の日差しの中、靖国神社へ。

 

本殿にご参拝されます。

長い時間をかけて、
心静かに、靖国に眠る方々とお話をされていらっしゃいました。

この柔和なお顔の底に戦争の悲しさ苦しさを終いこんでいらっしゃるのかと思うと、
なんとも言えない気持ちになります。

前回お客様の靖国神社訪問は20年ほど前との事。

ご本人でないとわからない想い、願い、そして、次世代への希望、、、。

売店で、お守りを購入されました。

「お守りは返しにこんとねぇ」と同行されたスタッフFさんのお声がけに
笑顔を見せて下さいました。

お客様の想いを叶えたいというホームのスタッフ皆様の温かいお気持ちに触れ、
私どもも優しい気持ちになりました。

これからもますますお元気で日々お過ごし下さい。

お守りを返しに、また、東京に是非お越しください。

 

クサイ島とは、今まで聞いたこともなかった島ですが、調べてみましたら、当時の戦争体験記がありました。

日本より航海 20 十日間にて絶海の孤島赤道直下、東カロリン群島のクサイ島に昭和 19 年 1 月 3 日、同船団日蘭丸の兵員を合わせ約5,000 名の部隊と戦車、車輌、兵器、弾薬、食糧と一切の陸揚げが終わり、ここにクサイ島南洋第 2 支隊の上陸が完了したのである。
この頃既に戦況は悪化の一途にあり、我が島にも早々の米機の来襲を受け兵舎、港湾施設の爆撃で戦死傷者 10 数名の損害を受け、制空、制海権は完全に敵の手中となった。以後、陣地構築にかかるも持参した糧 秣は 2 か月余しかなく本土からの補給の見込もたたず、甘藷作りの両面作戦となる。現住民の食糧果物の徴 発は一切禁じられているため、兵員の疲労と食糧不足が益々深刻となり、苦肉の策として野草や木の芽、海ヘビ、トカゲ、野鶏、ナマズ、ネズミ迄もと手当たり次第が食糧になる。畑作は追いつかず、遂には栄養失調症から死者も出る悲惨なものとなる。一方米軍は毎日の様に椰子の木すれすれの偵察飛行と機銃掃射、艦砲射撃も日毎に頻度を増してくる。一方中南部太平洋上ではガダルカナル島を始め、アッツ、キスカ、マキン、タラワ、クエゼリン、テニアンと、グアム島は 19 年 8 月に次々と玉砕の報を聞くも、我がクサイ島には敵の上陸はなく、最悪の流血を 免まぬがれた事は不幸中の幸いとはいえ、前述の栄養失調症による戦病死者が 380 余名にも及んだのである。既に独、伊が降伏し最後にソ連の不可侵条 約破棄により満州が 1 週間にて全滅したときく。明治時代の日清、日露の戦争に神国日本が最後は「神風」によって勝利を得たとの事は当時の学校教科書にもあり、我々青年兵士も神風を最後の頼みにしておったのは虚言ではない。「石に立つ矢」、所謂いわゆる「神国」の逸話はこれにて幕となる。
いよいよ我が島にも昭和 20 年 8 月 15 日南方司令部より戦闘中止、敗戦の入電があり暫時武装解除され、9 月 8 日、米艦上で降伏の調印式が行われた後、島本土に星条旗が上がる。この時の感慨は筆舌に尽つくし難がたく、日本軍人が拳骨で泣いたのはこの時であった。
昭和 20 年 11 月 5 日、病院船氷川丸(15,000 トン、現横浜市山下公園に観光船として繋 留が来島し、患者 150 余を乗せ、第 1 便が本国に向かう。まるで骸骨が軍服を着ているみたいと、「かまくら春秋社 氷川丸物語」。続いて本隊は 11 月 19 日、高栄丸にて在島約 2 年、名残多きクサイ島を後に全員帰国の途に、本隊の兵員も患者との名目はつかないものの半分以上が栄養失調症であった。帰りは速力も早く 10 日にて三浦半島の浦賀港に 11 月 29 日入港し、2 日間程かかって諸手続きを終了、帰省旅費の支給を受け、戦友と別れを惜しみながら昭和 20 年 12 月 3 日、我が家に帰る。
以上出典は https://www.city.joetsu.niigata.jp/uploaded/attachment/103017.pdf

 

この手記を読んでみても壮絶なクサイ島の戦場の様子が見て取れます。

今日は8月15日、昭和20年の今日、お客様はどこでどんな想いで迎えられたのでしょうか。

温かい想いのこもった心旅をトラベルヘルパーでお手伝いさせていただき、

ありがとうございました。

 

トラベルヘルパーサービス提供:SPIあ・える倶楽部
エスコート&レポート:上野トラベルヘルパー

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篠塚千弘

【あ・える倶楽部】の篠塚千弘です。
トラベルヘルパーと「うれしい外出」をする方が増えてまいりました。なんでもいい、どこでもいい、その方が「あきらめた外」のご希望をいろいろな形でトラベルヘルパーで叶えていただきたいです。お出かけや介護旅行の相談はお気軽に【あ・える倶楽部】にお問合せ下さい!
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